essay : 心情

 撮る側の感情が写真にどれくらい乗るのか、よく考えませんか?

今日の写真はα7S + Planar 1.7/50 AEJ。

 撮ったときの体調であるとか心情が、技術があればあるほど写真に乗ってしまうような気がしてなりません。

 私の場合、最近ちょっとどろーんと停滞気味でして、仕事がひたすら忙しいというのもあるのですが、それに加えて気候なんかで脳がフルに機能を発揮してくれていない感じ。

 環境から見れば、スタジオ兼事務所があって力いっぱい仕事ができる環境ですし、ネットに声を出せば喜んで聞いてくれる人が数千人単位でいるし、家に帰ればあれやこれやと面倒を見てくれる妻がいる状況でなに言ってんだオメー、と言われそうなものです。実際あらゆる人に助けられてばかりです。

 しかし人間って気分が乗るか乗らないかはまったく別の問題なんですよね。

 気分が乗る時はどんな酷い状況でも乗ってしまえば乗ってしまうので関係ありません。もちろん過酷な環境であればあるほど、気分が乗る確率は下がるんでありましょうが、実際の経験としてはそうでもないなあ。それは私が生命の危機を感じるほどの逆境に陥った経験がないからなのかもしれません。

 写真を撮る上では、気分が乗るって大事ですよね。
 仕事の撮影であれば気分が乗ろうが乗らなかろうが撮るしかありません。

 これもまた最近よく思うんですが、気分が乗らない撮影を「仕事だから」とやるのは、鈍い人が強いですよね。

 いわゆる社カメという存在は、会社に所属して仕事が降ってくる状態ですから、良くも悪くも自律的に仕事を選ぶということができません。
 その状況で、気分が乗る撮影のほうが珍しいんじゃないでしょうか。そうなると、撮影と「仕事(望まざる)」がセットになりやすく、みずみずしい感性で仕事をするというのは、それ自体が難易度の高い仕事になってしまうでしょう。

 実際に私の場合、私がおおいにわがままだということを差し引いても、毎日同じような写真を撮ることを求められる営業写真の社カメ時代は自分の気持ちを奮い立たせるのが困難でした。

 フリーランスになってしまった今から考えると、仕事が降ってきて最低限の収入が保証されているのって極楽かと思う状況でしたけどね。まあ同時に自分が働いた分すべてが自分の収入になるなどということはなく、一部が社長のセルシオ代に化けたりするわけですが。

 このブログを見てくださっているのはアマチュアのカメラ写真好きが多いと思うのですが、皆さん気分が乗らない時はどうされているんでしょうか?

 私の場合、趣味の領域であってもやめられない麻薬のような状態になってしまっているので、撮らないという選択肢はありませんが、皆さん無理して撮らないほうが写真と長く付き合えて良いのでは……と思ったりいたします。

 もちろん人それぞれペースがありますからね、楽しんで撮るのが一番ですよ。

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